選択肢 2008年08月14日 イベント 0 「何よこれ」「…誰もいないみたいね」島は丸い形をしていた。大きさは大体学校の教室くらいの大きさだろうか。淵のほうから少しずつ小高くなっている島の中央には、一台の小さな黒いテーブルが置かれている。菅の姿はどこにもない。橋を渡ってきたのなら他に行くことができる場所は無いはずだ。「おーい!さっさと姿をあらわせよ!」川合はそう叫ぶと辺りを見渡す。島の上はおろか、この広大な地下室のどこにも、菅の姿は無かった。「川合さん、あれ見て」深井が天井の方を指差す。部屋に入ったときには気が付かなかったが、どうやらこの地下室は、ゆるやかなドームの形をしているらしかった。岸辺から段々と高くなった天井は、ちょうどこの真上あたりで頂点になっているらしい。そのの辺りに、何か巨大な円版状のものが浮かんでいる。「やだ…あれ突然落ちてきたりしないわよね」「さぁ…でも何だろうね」深井はそう言いながら上を見上げ、スカートをパタパタとあおいでいる。どうやらそれほどひどく濡れてしまったわけでは無いようだ。裾の方は黒く変色したままだが、大部分は乾いたらしい。ただ、靴と靴下はそうでもないらしく、歩くとアニメの何か不思議な生き物のように、面白い音をさせている。「で、どうするの?殴ろうにも先生いないし…」「ねぇ、あんたさっきから何だか馴れ馴れしくない?」そう言って深井を睨む。深井はきょとんとした顔をした後、そそくさと決まり悪そうに顔をそらせた。沈黙に、パタパタとスカートをあおぐ音だけが聞こえる。…ああ、もう何てじれったい奴なんだろう…川合は頭をかくと、再び頭の上の円版を見上げた。おそらく、菅はあそこにいるのだろう。となると、あそこに上ればいいのだろうか。ーでも、どうやって?無機質な、白く塗られたコンクリートの島の上には小さなテーブルだけ。上にあがったところで、到底とどきそうにはない。川合は再び頭をかいた。止めようとは思っていてもやめられない、小さいときからの考える時のくせ。こうやって頭をかけば、何か自分でも思いつかないようなアイディアが浮かんでくる気がする、そんな風に思って始めたくせ。でも、三年前の冬の日、頭が痛くなるほど考えて、考えて、考えて、考えぬいて書いた答案は、「不合格」の文字を自分に突きつけることとなった。川合は再び、深井の方を見た。深井の着ている制服を町で見かけるたびに、いつも決まってあの日を思い出す。つらい努力が一瞬で消えたあの日。教師の、友達の、親の、仕方が無かった、お前はよくやった、という慰めの言葉。その裏にある、頑張っても、お前には無理な望みだったんだ、という現実。「…ねぇ、深井、さん」「え…はい」初めて逢ったときと同じような、曖昧な笑顔をうかべてこちらを見る顔。あの日こいつも、きっと自分と同じ会場にいて、同じ問題を解いて、そしていま違う学校にいる。「あなた、何で西高なの?」「…は?」「いや…なんで一番…」川合がそう言いかけた時、部屋中に警報音が鳴り響いた。(…時間ですー…次の授業を始めますー)警報音に続く、抑揚の無い機械の声がそう告げると、頭上の円版から何かが降りてきた。「今度は何よ…」川合はちょうど、黒いテーブルの上に降ろされた箱に近づく。大きな、一抱えはありそうな白いダンボール箱。一本のワイヤーからつるされたそれは、丁度正確に黒いテーブルの上に乗せられるとワイヤーがはずされた。同時に、四方へ開かれる箱。その中から現れたのは、大きな大きな、ウェディングケーキだった。(…次の問題です…箱の中身を使って、互いに正しいと思う行動をしなさい…時間は三分です)アナウンスが一方的にそう告げると、何かが破裂する音が二人の後ろから聞こえた。ふりかえると、そこにあったはずの、川合が乗ってきたボートがバラバラになっていた。どうやら、はじめからバラバラになるよう火薬か何かが仕掛けてあったらしい。「船が」「そんなことより川合さん!ちょっと来て!」船の方へと駆け寄ろうとした川合を、深井が呼び止め、ケーキの所へと呼び寄せる。「どうしたの」「…何か聞こえない?この中から」耳に手を当てた深井は、ケーキの中を指差す。川合も同じようにして耳を澄ます。…何か小さな、カチカチという音が、確かに川合の耳にも聞こえた。「…何の音かな…」「さぁ…何か時計の音みたいな…」時計の音。三分間という時間制限。さっきの、船の爆破。二人は、互いに顔を見合わせた。「これって…」「時限…爆弾…」「川合さん!早く逃げようよ!」「いやよ!あんな深そうなプールに潜るなんて死んでもしたくない!」「このままじゃ死んじゃうよ!」「だから、あたし泳げないって言ったじゃない!」川合はそう言いながら、ウェディングケーキを掘り続けていた。制服の袖がクリームまみれになるのも構わずに、川合はがむしゃらにケーキをつかみ、片っ端から投げ捨てる。やがて、川合の手に何か硬いものが触れた。「…あった」それは白いクリームにまみれた、手のひらほどの大きさのものだった。映画でよく見かける、発炎筒のような無骨な筒が三本と、絡みつくカラフルなコード。音の主は確かにこれだった。「後は…どれかコードを切れば」大体の時限爆弾は止まるはず。しかし、どれを切ればいいのか。無数にあるコードのうち、大体の場合一本だけが正解。それ以外は…「もう、信じられない…なんであたしが…」クリームまみれの手で、時限爆弾のコードを掴む。赤、黄、青、緑、白、黒…どれか一つだけが正解。考えろ、考えろ、考えろ…頭を強引にかきむしる。どうすればいい、どうすれば…「川合さん!かして!」目にも止まらない速さだった。いつのまにか川合の横に立っていた深井が、川合の手の中の爆弾をかっさらった。「ちょ…」そのまま、おっとりとした性格からは想像も付かないようなすばやさで、持っていた鞄の中につっこむと、それをそのまま大きく振り回し、島の外のプールに放り投げた。「え…」「伏せて!」深井はそう言うと、呆然とする川合の頭をつかみ、ケーキの残骸の中に一緒に突っ込む。瞬間、地下室全体を揺るがすような大音響が響き渡った。立ち上った巨大な水柱。降り注ぐ水がケーキまみれの二人を濡らしてゆく。「…助…かった…」「…危機一発…ってやつね」「…はは、ほんとだ」「…はは、あはははは…あっはははは!」川合は腹を抱えて笑っていた。ケーキにまみれた、こんな姿で、まるでいたずらをした後の子供のように。そうか、こんな答えが出せるんだ。同じように笑う深井を見て、笑い涙を袖でぬぐった。何だか、さっきまでとは違う気持ちが溢れてくる。きっと、もう西高の制服を町で見かけても、憂鬱な気分にはならないだろう。スカートを翻し、爆弾を放り投げる勇姿を真っ先に思い出すだろうから。うああ、何て時間がかかるんだ!!こんな駄文を書いてるから!まだつづくぞ! PR